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Konaさんくるまよもやま話

 

 10.車の階級階層について

 今ヨーロッパに行くとコンパクトカーが圧倒的に多く、セダンもスポーツカーもあまり見かけません。
それだけ車が生活の道具になりきっているのです。
アメリカではゆったりと人と荷物を運べるSUVやバンタイプが多いので、これも実用本位です。
今は日本もそうで、セダンは少なく、マーチのようなコンパクトカーかそれより小さい軽自動車か
逆にワンボックスのバンかSUV。日本も今では車はありきたりな道具で主張はありません。

わたしの子どものころ乗用車はものすごく高価なものでしたからケリーバッグを持って歩く以上の
壮絶な意味を持っていましたが、車を一般市民が持てるようになったころ
とくに車に憧れる若い男たちには高性能車に乗ることが自分を高性能な人間だとアピールできる手段と考えられたものです。
メーカーもそれを狙い車のボディいっぱいに「TURBO」なんて文字がデザインされていたり
GTSだとかGSなんとかとか、派手なデカールと塗装の氾濫でした。
わたしも若かったのですが、知性派(?)としてそれを苦々しく思っていました。
輸入車にそんな車はなかったので日本の車は安っぽいなあと思っていた。

そういえばそのころの日本車はボディがぺっちゃんこで平たかった。
すこしでも車を大きく見せるためだったんです。
それがいやで日本車では別世界にあるジェミニイルムシャーのノッチバックに乗っていた。
あまり目立たないがじつはフル装備のエアロパーツも見せ掛けではなく全て走りのためで
わたしの持った車の中では最速でした。すごいこともあったが今は書きません。

今の日本では車も鍋釜のような道具にすぎませんが、しいていえばトヨタのプリウスは別な意味を持っているかもしれない。
プリウスがほんとうにエコカーなのかわからないが
多くの市民にとってはエコで最先端の車であると映り
それに乗ることが良識派の証になるくらいに考えて買われる人も居る。
イメージを買うといっても良い(プリウス派のかたごめんなさい)。

いま見栄機能を持つ道具があるとすれば車ではなくスマートフォンでしょうね。
とくに首都圏に住む人たちは自分が人からどう見られるかにこだわるので
機能を必要としていなくても人前で携帯を使うならスマートフォンでなければと考える人が多い。
街中でそれを手にしていることが先端の証と考える人が居る。
ほんとうに先端の人は古い平凡な携帯を使っていたりしますが。

東京でビジネスをしたこともあるので知っているのですが、首都圏の購買力は人口の多さ以上にものすごい。
そこでは自分を演出することがアピールになり、そのための「物」が必要だから。
メガネも小脇に抱えるiパッドも店先で出すクレジットカードの種類も。
広島でランボルギーニを買う人は、見栄で買う人も多いかもしれないが好きで買う人が多いと思う。
東京ではどんな車かまったく知らないまま買う人も居ます。

隣の韓国で車は一家を表現する手段です。
韓国に行くと一見高級車に見える黒塗りセダンばかり走っていて驚くでしょう。
日本のおばちゃんたちは
「韓国ってお金持ちが多いんだ、さすがだわー、韓流ドラマもヒンの良いお金持ちしか出てこないし」と思うでしょうが
車の意味が全然違う。

李朝末期、両班と呼ばれる貴族クラスは朝鮮国人口の一割で、五割が両班所有の奴婢
そのほかが自由民だったといわれます。
ところが今の韓国の人のほとんどは、先祖は両班だと言ってその家系図を持ち
両班としての年中行事を各家庭でします。
日本では先祖が武士でも百姓でも気にしませんが韓国人は「家」の尊厳にものすごくこだわる。
それが車はセダンという理由で、両班の車はセダンでなければならないらしい。

ひところドイツ人がセダンにこだわったのも似たような理由があったかもしれませんが
階級意識が薄れた今のヨーロッパでは車は実用の道具にすぎません。
車の序列と階級を意識して作っていたヨーロッパのメーカーも
今ではアラブや中国の新興層の意識をくすぐるデザインは考えても基本は実用車です。

それでもシトロエンなどC2からC6までクラス分けがはっきりしていますけどね。
アウディもA1からA8まであります。

そしてこんな時代でもヨーロッパのメーカーは数千万するめちゃくちゃな車を作り続けている。
フォルクスワーゲンの作るブガッティブランドのヴェイロンは二億円!
アストンマーチンは三千万以上のシリーズがありますが
車屋にあった雑誌でたまたま見て知り驚いたのはアストンのシグネットというコンパクトカーで
百五十万円のトヨタIQを改造洗練させて邦貨五百万のアストンの車にしている。
ミツオカ自動車のようなことを名門アストンマーチン(今はフォード傘下ですが)がやるか
そしてそれを買う人が多数居ると言うことにも驚いたのですが(ヨーロッパ以外で売れているのかもしれませんが)
そこまでやってしまうクラス意識と言うものはなんなのかと思うのも事実。
稲作民族日本人の想像を超えるものがあります。

クラス意識と無関係に今もヨーロッパでは道具以上の意味を持つ車も多い。
風土の意識で、アルプスの湖畔を走る車、イタリアの旧市街はこの車、フェラーリはどこそこを走るのが良くて
ワーゲンのビートルはどこそこで、などのイメージは今もあるでしょう。
パンダもアウディのTTも自分の世界を持っている。
風景とイメージは永遠不滅の人間の夢ですが、日本の自動車はそのことを考えていません。
マツダのロードスターは二人乗りのオープンなのにどうして着座がこんなに高いんだろう
どうしてエンジンはこれほど癖がないんだろう、どうしてスパルタンなコンソールに面白みも雰囲気もないんだろう
DOHCカムカバーがどうしてつまらないデザインなのだろうと考えたことがあります。

グローバルな時代だからこそマツダはヒロシマを、広島の海や島や中国山地の田園をイメージしても良い。
二シーターですから男女の風景もイメージすべきで、清潔感や品格とは矛盾しません。
癖がないのはコストダウンのため、色がないのは広く一般を意識するから。
それだからロードスターは世界中で売れたのだと言われれば
わたしには興味ありませんと言うのみです(古いロードスターのことで、最新の3ナンバーのロードスターは知りません)。


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